Hydrous wadsleyiteの第一原理電子状態計算

              
       
 今年初めから研究員としてGRCの一員となり、研究に没頭できる環境と、周囲の人との議論や会話を通して得た貴重な情報を基に、徐々に新しい研究結果が得られはじめました。今回はその中でも私がメインの研究テーマと位置づけている地球内部における水の存在状態に関して、最近の結果をまとめてみたいと思います。
 地球内部の水と書きましたが、もちろんマントル内部に湖のようなものがあるわけではなく、マントル構成物質のなかに水酸基(-OH)として存在していると考えられています。なぜそれを研究するかというと、そのような"水"を含んだ物質は、含まない物質と大きく性質(たとえば粘性・相転移圧・弾性等)が異なるからです。よって水の存在は、地球深部の構造やダイナミクスを考える上で、無視できない影響を及ぼすと考えられています。  
 今回行った研究ではHydrous wadsleyiteと呼ばれる物質の構造と物性を、第一原理電子状態計算を用いて調べました。Wadsleyiteはマントル遷移層の深さ410〜525km付近での主要な構成鉱物であるとされています。GRC井上先生らの実験によりこのwadsleyiteはマントル遷移層温度圧力条件で多くの水を含んでも安定に存在できることが明らかにされていて、地球内部での主要な貯水相の一つであるとされています。
 さてこのHydrous wadsleyite ですが、ラマン散乱法や赤外吸収などの分光学的実験により、間接的な水素に関する情報は得られていますが、実際にどのように水素が結晶構造に入っているか分かっていません。水素原子は非常にX線散乱断面積が小さく、検出が難しいからです。
 私達は第一原理電子状態計算法を用いて、Hydrous wadsleyiteのモデル構造を解明し、水素が含まれることによりどのように物性が変化するかを調べました。すなわち、Hydrous wadsleyiteとして可能な結晶構造パターンすべての電子状態を計算し、その中で最もエネルギーが低い構造が、hydrous wadsleyiteのモデル構造であると考えました。その結果、私達が得た構造は、多くの点で実験で報告されている結晶学的・分光学的測定結果を説明できることが分かりました。
 さらに、私達はそのHydrous wadsleyiteのモデル構造を用いてマントル遷移層圧力下での物性の解明に取り掛かりました。その結果、たとえば20GPaでhydrous wadsleyiteが最大に水を含んだ場合(3.3wt%H2O)、地震波速度はP波、S波それぞれ3.3%、4.5%程度減少することが分かりました。このような情報を基に実際に地球内部のどこに、どれだけ水が存在するか議論が進展すると非常に面白いと思います。
 また今後は他のマントル構成物質と考えられているolivineやringwooditeなどにおける水の存在状態や分配、相転移圧に及ぼす影響なども調べてゆきたいと考えています(土屋 旬)。

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