ポストペロブスカイトの格子選択配向
〜マントル最下部D"層に おける地震波異方性との関係〜


        
 地球の中心核とマントルの境界付近は,地球内部において最も不均質性が高く,地震波の速度異常や異方性(速度が方位によって異なる性質)を示すことが知られています.この高い不均質性を示す領域は,マントル最下部において200kmほどの厚さで分布し,D"(Dダブルプライム)層と呼ばれています.そこでは,沈み込んだプレートが蓄積したり,高温の上昇プルームが発生するなど,地球深部のダイナミクスにおいても重要なイベントが起こっていると考えられています.D"層がどのような物質からできているのかは大きな謎でした.しかし最近,ダイヤモンドアンビル高圧発生装置を利用した高温高圧実験により,D"層がMgSiO3ポストペロブスカイトという新しい高圧鉱物でできているだろうことが明らかにされました[1].この発見により,D"層で観測される地震波速度の不連続性は,(下部マントルの大半を構成すると考えられる)MgSiO3ペロブスカイトがポストペロブスカイトへと高圧相転移する際の密度変化によってうまく説明されます.また,層状の結晶構造(図1)を持つポストペロブスカイトは結晶方位の違いによる弾性異方性が極めて大きいのも特徴です.従って,もしD"層内において周囲の応力のためにポストペロブスカイトが『格子選択配向(結晶方位の向きが揃うこと)』を示した場合,地震波速度の異方性も説明できるかもしれません.    
 最近,応力下において実験的に変形させたポストペロブスカイトの格子選択配向を直接観察する
(図1:ポストペロブスカイトの結晶構造)
初めての試みが,岡山大学の山崎助教授(元GRC教員)とGRCとの間の共同研究で行われました[2].変形実験は,広島大学設置のグリッグス型高圧変形装置を用いて1GPa,900℃の条件下で行われ,変形試料の結晶方位解析には,GRC設置の高性能走査型電子顕微鏡に装備されている後方散乱電子線回折(EBSD)装置が使われました.実験試料には,常温常圧条件においてポストペロブスカイト構造を持つ唯一の物質であるCaIrO3が使われました.これは,MgSiO3ポストペロブスカイトは,120GPa,2200度以上の高温高圧条件下でのみ安定で,試料を常温常圧へ回収すると結晶構造が壊れて非晶質になってしまうからです.一般的に,結晶構造が類似である物質は,その塑性変形特性(すべり系や変形によって生じる定向配列など)はほぼ共通であることが知られています.よって,MgSiO3ポストペロブスカイトの変形特性を構造類似物質であるCaIrO3ポストペロブスカイトのそれから推定することは可能であると考えられます.
(図2:変形実験回収試料におけるCaIrO3ポストペロブス
カイトの結晶軸(a, b, c軸)の方位分布(等 面積極投
影図).変形試料においてa軸が剪断方向(矢印)に,
b軸が剪断面(赤道面)に垂直方向に 配向しているのが
分かります.

 剪断応力下で変形させた試料の結晶方位分布をEBSDで分析すると,明瞭なCaIrO3ポストペロブスカイトの格子選択配向が観察されました.変形試料において,ポストペロブスカイトのb軸が剪断面に垂直に配向し,a軸は剪断方向に配向していました(図2).このような明瞭な選択配向は,試料の変形が拡散クリープではなく転移クリープという変形メカニズム(実際のマントルにおける鉱物の変形で支配的と考えられるメカニズム)によって進んだことを表しています.この実験結果からCaIrO3ポストペロブスカイトのすべり系(結晶がすべり変形を起こすとき,そのすべり面とすべり方向の組み合わせ)は,(010)面の[100]方向であることが示され,この結果はMgSiO3ポストペロブスカイトの場合も同様であると推定されます.もし,この実験で得られた変形情報がマントル最下部のD"層の温度圧力条件にもそのまま応用できると仮定し,さらにD"層内において10〜30%存在すると考えられているマグネシオウスタイト(MgO)の弾性的性質を考慮に入れると,計算によって求められる地震波速度データは次のような特徴を示します.

・偏向により分離した2つのS波のうち,速いS波は水平方向(剪断方向)に偏向する.
・分離した2のS波の速度差は1〜4%.

 これらの結果を実際に観測される地震波速度異方性のデータと比較すると,非常によく一致します.例えば環太平洋地域では,水平方向に偏向するS波が垂直方向に偏向するS波よりも常に早く観測されます.そしてその2つのS波の速度差は最大3%程度と報告されています.このような地震波異方性は,D"層の異方性を説明するもう1つの候補である『形態選択配向』(例えば,メルトなどの異質な含有物の層状配列など)では説明できません.従って,D"層において観測される地震波異方性はMgSiO3ポストペロブスカイトの格子選択配向に起因する可能性が高いといえます.また,この変形実験の結果を考慮に入れると,D"層内におけるマントル対流は,ポストペロブスカイトの選択配向をもたらすような水平方向の剪断流が卓越していると予想されます.
 このように,変形実験回収試料のミクロな塑性変形の性質(すべり方向,すべり面など)を調べることで,岩石全体としてのマクロなすべり方向を求め,それを地球内部における変形流動現象へと発展させることは,地球深部のレオロジーやダイナミクスを考える上でもたいへん重要であるといえます.(文責 大藤弘明)

参考文献
[1]M. Murakami, K. Hirose, K. Kawamura, N. Sata and Y. Ohishi, Post-perovskite phase transition in MgSiO3, Science, 304, 855-858, 2004.
[2] D. Yamazaki, T. Yoshino, H. Ohfuji, J. Ando and A. Yoneda, Origin of seismic anisotropy in the D" layer inferred from shear deformation experiments on post-perovskite phase. EPSL, 252, 372-378, 2006.





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