蛇紋石の脱水分解反応の速度論的研究

        
日本列島のような島弧-海溝系では、海洋プレート("スラブ")が地球深部へと沈み込んでいます。沈み込むスラブ中には、海水と反応し含水化した鉱物が含まれており、これにより地球深部へと水が運搬されています。含水鉱物の中で、カンラン岩が含水化した「蛇紋石」という鉱物があります。カンラン岩はスラブの大部分を占めるので、この蛇紋石の振る舞いは非常に重要です。  
 蛇紋石の中のある多形はあの悪名高い「アスベスト」の一種ですが、地球内部に水を運搬しているという点では非常に重要な鉱物です。このような重要性から、熱力学を併用した相平衡論的研究が数多く行われ、この相の安定領域やその脱水分解反応境界が明らかにされてきました。そして、この脱水分解反応によって放出された水がマントル鉱物の融点を下げマグマを生成したり、脱水分解反応に伴い、スラブ内地震が発生しているというアイデアも提唱されてきています。しかしこれまで、その脱水分解の反応速度の研究はありませんでした。この反応は非常に低温で起こるため、反応速度の検討は重要です。そこで、放射光X線その場観察という手法を用いてこのような研究を行うことにしました。  
 放射光X線その場観察実験は、筑波にある高エネルギー加速器研究機構で行いました。高圧発生装置はMAX80というキュービック型高圧発生装置を用いています。特に今回の実験で重要なのは、反応速度をみようという目的であることから、非常に短時間で効率よく脱水分解する途中のデータを取らなければなりません。また、脱水した水の流出を防ぐため、完全に試料をカプセルに封入する必要があります。無水系の実験では貴金属でできたカプセルが用いられますが、それではX線の吸収の立場からよくありません。そこで、X線に対して透過性の優れたダイヤモンドスリーブをカプセルに用いました。また圧力を内部に伝えるために、上下の蓋は貴金属カプセルにしました。このカプセルは含水マグマの構造を求める研究にも用いられ、効果を発揮しています(GRCの山田明寛君の博士論文)。

(図1:蛇紋石の脱水分解反応のX線回折パターン。条件は5.2 GPa,
650℃。50秒ごとのプロファイル。Atg:蛇紋石, Fo: カンラン石,
En: 輝石, Chl:緑泥石, Tlc: 滑石。括弧は面指数。

 今回得られたX線回折パターンの時系列変化の一例を図1に示します。このデータは5.2 GPa, 650℃の条件で得られたもので、蛇紋石が脱水していくとともに、輝石とカンラン石が晶出しているようすが解ります。この場合、反応は約40分程度で完了しています。面白いことに、輝石は脱水分解反応の始まりとともに晶出していますが、カンラン石は少し潜伏期間があり、遅れて晶出してきます。このことは、脱水分解反応で脱水される「水」は純粋な組成ではなく、かなりの珪酸塩成分を含んでおり、その溶解・晶出と関係していることを示唆します。  
 このような研究は始まったばかりであり、現在、様々な温度圧力条件でこのようなデータを収集しつつあります。今後実験を進めて行くにつれて本研究の目的が達成されていくものと期待しています。なおこの研究は、GRC修士課程の吉見勇君の研究テーマとして行っているものです。(文責:井上 徹)



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