地球内部に水は存在するのか?

 水は地球のかけがえのない成分ですが,地球内部にも存在するのでしょうか。 存在するとしたらどこで,またその存在量はどのくらいでしょうか。また,その 水はマントルダイナミクスにどのような影響を与えているのでしょうか。私たち の研究室では、マントル鉱物の高圧含水条件下での実験から,このような疑問を 解明しつつあります。
図1
 地球は水の惑星といわれ,その存在によって地球の表層環境は他の惑星とは異な る独自の進化をし,現在の緑豊かな表層環境を作り出しました。その地球の重要な 揮発性成分の1つである水は,地球内部でも重要な成分の1つであり,その進化に 多大に影響を及ぼしてきたと考えられています。
 地球内部に水が持ち込まれるプロセスを考えてみると,まず,(1) 46億年前の 地球形成期に存在した「マグマオーシャン」への水蒸気の溶解(図1),さらには それ以降では(2)プレートテクトニクスにより、 低温で密度が高い故に沈み込む海洋地殻に
図2
よる含水相の地球内部への運搬が考えらます(図2)。
 地球内部は地殻、マントル、液体の外核、固体の内核と、大きく4つの境界に分 けられますが、 更にマントルは地震波速度が急変する410km,660kmを境に上部から 上部マントル、マントル遷移層、 下部マントルと分けられています(図3)。 この 境界はマントルの約60% を占めているカンラン石
図3
(本ホームページ:地球超深部 からの手紙、図1参照) の高圧相転移によるものと考えられています。 この現象は、 炭(炭素)が高圧下ではダイヤモンド に変わってしまうのと同じ現象です。最近 の 地震波トモグラフィー(本ホームページ:地球深部の 写真をとる、参照)では 沈み込む海 洋地殻は これらの境界を突っ切って、下部マントルまで向かっ ていく 様子も観察されています。
 今まではカンラン石の高圧相には水は含めないと考 えられていました。なぜなら、これらの相が 安定な地球内部の条件では、温度 は1400〜1500度であり、非常に高温であるからです。しかし、我々は、これら の相にかなりの水が含まれうることを高温高圧合成実験から明らかにしました。
 合成した試料は電子顕微鏡、及び二次イオン質量分析計を駆使して、化学組成、含水量を決定しました[1]。 これによると、化学組成と含水量にある関係があることが明らかになりました(図4)。 このことはMgの入っていた場所がHに置き換わりうることを意味しています。この研究に より、カンラン石の高圧相には最大約3wt%の水を結晶構造中に含みうることが明らかに なりました。
図4
 この相は410kmから660kmにわたるマントル遷移層で安定です。したがって, マントル遷移層に存在できる水の量は最大海水の約5倍の質量になります。このように, マントル遷移層は地球内部の重要な水の貯蔵庫となりうることを示しています。我々は, 下部マントルで安定なカンラン石の高圧相中の水の量も調べましたが,その量は 0.05wt%で非常に少ない結果となりました[2]。すなわち,マントル中で大量に水を保 持できる場所は,低温である沈み込む海洋地殻以外ではマントル遷移層のみとなります。
 このようにマントル遷移層は地球内部の重要な水の貯蔵庫と考えられます。最近, 過去の広域変成帯の温度圧力履歴の年代変化(地温勾配の変化)と玄武岩の状態図 を組み合わせることにより,7.5億年前から地下30kmでの温度が600℃を下回るこ とから,マントル に海水が逆流をはじめたという説が提案されました[3]。いずれにせよ,現在では, 沈み込む海洋地殻の温度分布とその中に存在する含水相の安定領域を考慮に入れれ ば,海洋地殻の沈み込みにより地球内部のマントル遷移層にまで水が運搬されてい ることが示せ,マントル遷移層は含水化していることが考えられます。この水は、 地球内部のダイナミクスに大きく影響を及ぼしていると考えられ、今後はこのこと を解明していくことが重要な課題となります。

参考文献
[1]  Inoue, T., Yurimoto, H. and Kudoh, Y.: Hydrous modified   spinel, Mg1.75SiH0.5O4: a new water reservoir in the mantle transition region. Geophys. Res. Lett., 22, 117-120 (1995).
[2]  Higo, Y., T. Inoue, T. Irifune, H. Yurimoto, Effect of water on the spinel-postspinel transformation in Mg2SiO4. Geophys. Res. Lett., 28, 3505-3508, 2001.
[3] 丸山茂徳,磯崎行雄「生命と地球の歴史」岩波新書 (1998).
[4] 井上徹: 地球内部の水−マントル遷移層は水のリザバーか?−. 高圧力の科学と技術, 10, 124-133 (2000).

図1 マグマオーシャンの概念図。原始大気中の水が溶解平衡でマグマオーシャンに溶け込むことが考えられます。
図2 沈み込む海洋地殻(プレート)の概念図。この中に含まれている水が地球内部にもたらされ、放出されるときにマグマが発生し、更に含水相として生き残ったものは、より深部まで運搬されていると考えられます。
図3 地球の断面図。地球の半径は約6400km で表層から地殻(外側の茶色い部分),マントル(黄緑色,緑色,黄色の部分),液体の外核(赤色),固体の内核(紫色)と分類できます。さらにマントル中には410km と660kmに地震波速度が急変する領域が見られ,これを境に浅い方から上部マントル(黄緑色),マントル遷移層(緑色),下部マントル(黄色)に分類されています。
図4 カンラン石の高圧相中のH2O量とMg/Si比との関係。実線はMgO とH2Oが置換したときに期待される線を示しています。○印は水が入っていない状態、星印は水が最大に入った状態を示しています。
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