センター長書き下ろし
新版・地底旅行
(VOYAGE AU CENTRE DE LA TERRE) (2)


3.地底探検車
図1合成ダイヤモンド
(住友電気工業(株)提供)
“かいこう10000”で日本海溝の底に到着したら、さらにここで地底探検車に乗り 換えることになります。地球の内部は中心で360万気圧、数1000度Cに達する高温 高圧の世界ですから、地底探検車はこのような過酷な条件に耐える材料で作る必要が あります。そのような材料の一番の候補はダイヤモンドです。ダイヤモンドは5万気 圧1500度C程度の条件で、炭(グラファイト)から合成することができます。我が国 の大型ダイヤモンド合成技術は世界のトップレベルであり、直径1cmを越えるダイヤ モンド結晶の合成も可能になっています(図1)。ちょっと頑張ればもっとずっと大 きなダイヤモンドを作ることもできるでしょう。人間が乗れるほどの大きさのものを 作るには、かなりの時間と費用を覚悟する必要がありますが...。
 ダイヤモンドは世の中で最も硬い物質であり、100万気圧を越える圧力下でも割れません。また融ける温度も高く、地球深部に行っても大丈夫です。現に宝石のダイヤモンドはすべて地球のマントルの深さ150〜200kmから地上にもたらされており、なかには下部マントル(深さ660km~2900km)からやってきたと思われるダイヤモンドも発見されています。もっとも、ちょっと問題もあります。ダイヤモンドは大変熱を伝えやすい性質を持っています。高温の地球深部を旅する地底探検車“ダイヤモンド号”には、かなり強力なエアコンが必要となるでしょう。  
 さて、それではダイヤモンド号はどのように地底にもぐるのでしょうか?この点はあまりご心配にはおよびません。さきほど述べたように、地球の中にはプレートテクトニクスに代表される活発な運動(ダイナミクス)があり、これをうまく利用すれば自分で動く必要はないのです。特に日本海溝で沈み込むプレートは、太平洋を延々と旅してきた古くて(年齢1億年くらい)厚い(100kmくらい)冷えきった海洋プレートで、日本列島近くでマントル深く沈み込んでいくことが知られています。これにう まくのっかれば、黙っていてもプレートが地球深部にダイヤモンド号を運んでくれる はずです。ただし速度はあまり速くありません。1年にせいぜい10cmくらいしか進み ませんから、気の短い人にはあまり向かない乗り物かも知れません。
図2地震波トモグラフィー(CT)による
沈み込むプレートの断面図(趙による)
 海底で長時間冷やされた海洋プレートはマントルに比べてずっと温度が低く、当面 エアコンの必要はあまりないでしょう。しかし地中に沈み込んでしばらくの間は、ダ イヤモンド号の乗り心地は必ずしもいいものではありません。というのも、この冷た く固いプレートが沈み込んでいくと、周囲のマントルとのずれにより大きな地震がし ばしば発生するからです。日本は世界でも有数の地震国ですが、日本付近の地震の多 くはこのようなプレートの沈み込みに伴っておこります(図2)。なかには深さ 700km近くで起こる地震もあり、深発地震と呼ばれています。地震は岩石の破壊に伴 って起こりますが、マントル深部では温度が高いために岩石は破壊せずに変形・流動 すると考えられます。それなのになぜこんなに深くまで地震が起こるのかは、現代地 球科学における未解決の大きな謎です。

4.地底へ
 日本列島の薄い地殻(20〜30km)の下に沈み込む海洋プレートに乗ったダイヤモンド号は、ほどなく地球の体積の8割を占めるマントルに到達します。地球の中はドロドロした液体のマグマがつまっていると思っている人も多いですが、それは正しくありません。マントルは温度が高いために多少軟らかくはなっていますが、かんらん岩という固い岩石からできている立派な固体です。もっとも深さ100~150kmくらいに達すると、ところどころでマントル中にマグマの発生がみられます。この付近の深さに至るとマントルの温度は1000度Cくらいの高温になっており、またプレート中の含水鉱物が分解することにより水が放出され、これが岩石の融ける温度を低下させる ためにマグマが発生するのです。ただしその量は、マントル全体からみると極めて少 なく、1%にもはるかに及びません。
 発生したマグマは周囲のマントルより軽いために上昇し、ある深さでマグマだまりをつくり、さらに条件が整えば火山として地表に噴出します。日本列島付近にはこのようなプレートの沈み込みにともない、多数の火山が海溝に平行に存在しており、いわゆる火山帯を形成しています。上記の理由から、この火山帯はちょうどプレートが深さ100~150kmに達した地点の真上に存在します。  
図3マントルの大部分を占める
かんらん石
 
 ところで深さ150kmくらいに達すると、高い圧力と温度のために炭(グラファイト )はその結晶構造、即ち原子の配列を変化させ(相転移)、よりち密で硬いダイヤモドに変わります。マントルのこのあたりから更に深いところでは、容易にダイヤモ ンドを手に入れることができるでしょう。ダイヤモンドだけではありません。 マントルを構成するかんらん岩は、主にかんらん石(図3)や輝石といった緑色の鉱 物や赤いざくろ石からできています。これらはすべて宝石鉱物であり、その意味でマ ントルは宝石箱といえるかも知れません。地底旅行のおみやげはいくらでもただで手 に入れることができます。
 さて、地底は暗黒の世界と思われている方も多いでしょうが、決してそんなことはありません。ものは熱くなるとその温度に応じて光を発します(熱輻射)。確かに温度の低い地殻は真っ暗な世界ですが、マントル上部の温度では岩石はオレンジ色にかわり、より深くなると強い白色光を発してむしろ目をあけておれないほどの眩しさになるでしょう。地底旅行にはサングラスが必需品なのです!(次回に続く)。

(本稿は2001年8月4日愛媛県生涯学習センターでおこなわれた企画「不思議がいっぱい科学の世界」中の、入舩徹男センター長の「地球の中をのぞく」と題する講演内容に基づいています)

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