センター長書き下ろし
新版・地底旅行
(VOYAGE AU CENTRE DE LA TERRE) (3)


5.マントルをゆく
 ダイヤモンド号は、沈み込んだ太平洋プレートに乗ってマントル中を更に深部に進みます。 深さ400km付近に近づくと、プレートを構成するかんらん石は相転移し、より密度の高い 物質に変化します。するとプレートの動きはさらに加速され、より深いマントルに進むこと ができます。しかし、このような沈み込んだプレートは、マントルを上部と下部に分ける" 660km不連続面"に至るとそこで動きが鈍くなります。 この付近の深さでは、周囲のマントルのかんらん石が、ペロフスカイトと呼ばれる 極めて密度の高い物質に相転移するため、プレートの密度が相対的に 小さくなって沈み込みにくくなるのです。
図1
 このように 沈み込んだプレートの様子は、GRCの趙らの研究グループによる高解像度地震波トモ グラフィー(CT)画像により、その詳細が明らかにされつつあります(図)。 これによると、 沈み込んだプレート(黒い部分)は深さ660km付近に滞留しているように見えます。また、 この付近の深さまで起こっている地震(白丸)は、これを境にぱったりと起こらなくなります。
図2
このような660km不連続面付近にたまったプレートは"メガリス"と称され、1980 年代後半にオーストラリア国立大学のA.E.Ringwood教授と筆者により、高温高圧実験の結果を基 にその存在が予想され、Nature誌の論説に発表されていました。
 ダイヤモンド号はこのように、マントル半ば660km付近にしばらく滞在することになりま す。しかし、冷たかったプレートはだんだん暖まり、それを構成するかんらん石の相転移などの 原因により、いずれ下部マントルに下降をはじめると考えられています。ちょっと汚い話ですが、 このような溜ったスラブが下部マントル中へ落下するという考えは、洋式水洗トイレの水を流す (flush)ことに例えてフラッシュモデルと称されています。ダイヤモンド号はちょうどXXXが便器 の底に吸い込まれるように、プレートの塊と一緒に下部マントルを落ちていくことになります。
 下部マントルの旅は大変単調でつまらないでしょう。2000kmにもおよぶ距離をゆっくり降 りて行くわけですが、マントルのこの領域では地震も起こらず、また比較的均質な構造をしている と考えられています。しかし、ダイヤモンド号の静かな旅も核に近づく深さ2700km付近から一変 することになります。

6. 中心核に至る
 地球の核とマントルの境界付近の深さ2700〜2900km付近はD”(ディー・ダブルプライム)層と称され、地震の波の伝わり方に様々な変化が見られます。 D”層は岩石からできているマントルと鉄の核が反応したり、沈み込んだプレート物質がこ のあたりに横たわり、複雑な化学成分をもつ不均質な領域であると考えられています。
 D”層を無事通過したダイヤモンド号は、深さ2900km付近で地球の核に至ります。 核は2つの層(外核と内核)からなっていますが、外側の外核はどろどろに融けた鉄でできています。 外核の密度はこの深さではマントルの密度の2倍近くに達します。従って岩石でできたプレート物質は さすがにこれ以上下降することはできず、核とマントルの境界付近に留まってしまいます。外核直上の D”層は沈み込んだプレートの墓場といえるかも知れません。
 ではダイヤモンド号はどのようにして地底への旅を続けることができるでしょうか。これもそれほど 心配には及びません。液体の外核中では活発な対流が生じています。マントルも固体でありながらゆっくり 流動していますが、液体の外核はこれとは比べ物にならない早さで動いているのです。このような溶融鉄の 対流は磁場を発生し、またそれを維持することができることが知られています。外核の対流により生じた 地球磁場(地磁気)は、我々を有害な宇宙線から守ってくれるなど、生物の活動にとって大変重要な役割を担っています。
図3
 外核の対流の沈み込み口を見つければ、ダイヤモンド号もそれに乗って更に深い地球中心への旅を続ける ことができるでしょう。ところで、地球の核には鉄の他に、白金や金など多くの貴金属が含まれています。 例えば金は地殻やマントルに比べ、核の中には1000倍もの濃度で存在していると考えられています。 もともと地球の材料中に存在していたこれらの金属元素は、形成初期の高温の地球内部で溶融した鉄に 濃集します。このような融けた鉄のかたまりが地球の中心に沈降して核がつくられ、貴金属元素の多くも 核に取り込まれてしまったのです。マントルは宝石箱と言いましたが、核は貴金属の宝庫であり、地底は 宝の山と言えるでしょう。ひょっとしたら鉄より融点の高いこれら貴金属の塊を、核のどこかで見つけることができるかも知れません。これもきっと地底旅行のいいおみやげになることでしょう。
 さて、外核中の下降流にうまくのっかれば、あっという間に(百年くらい)内核との境界である深さ 約5200km付近に到着します。この付近は、融けた鉄が結晶化する場所であり、鉄の岩がごろごろし、 また鉄の木が生い茂っている異様な世界でしょう。地球の内部は少しずつ冷えつつあり、もともと全部融 けていた核はその内側から結晶化がはじまっているのです。いずれは核全体が固化してしまい、地磁気も ほとんど消滅してしまうことになるでしょう。現在は固体の内核は核全体の体積の5%程度ですから、 まだまだずっと先のことですが…。

(本稿は2001年8月4日愛媛県生涯学習センターでおこなわれた企画「不思議がいっぱい科学の世界」中の、 入舩徹男センター長の「地球の中をのぞく」と題する講演内容に基づいています)


 
 
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