消えた窒素:地球形成時の核とマントルの分離が地球の揮発性元素分布にどのような影響を与えたか
研究のポイント
・第一原理計算法に基づく高精度シミュレーションの方法を用いて地球マントルと核の間での窒素の分配率を予測
・マグマオーシャン深部において窒素は熔融ケイ酸よりも液体鉄に溶け込みやすい性質(親鉄性)を有する
・地球の「失われた窒素」の問題は、マグマオーシャン深部における窒素の核への溶解によって説明できる
・現在の地球の岩石部分(バルク珪酸塩地球)で測定される高いC/N比と36Ar/N比も説明できる
研究の概要
不思議なことに、地球の岩石層において、窒素は炭素やアルゴンに比べ枯渇していることが知られている。高度な量子力学シミュレーションを用いて形成初期の溶融した地球を計算機の中に再現し、その性質を調べた。その結果、超高圧力の下では、窒素はマントルの100倍も鉄の核に取り込まれやすいことが判明した。これにより、窒素を含む地球の揮発性物質の比率が、地球の原材料と考えられている隕石と大きく異なる理由が明らかとなった。この発見は、生命居住可能な環境を発達させるために必要な素材が、初期の地球にすでに備わっていた可能性を示唆している。
地球の歴史は推理小説のようなものです。その最大の未解決な謎のひとつに「窒素はどこへ行ったのか?」という問題があります。地球科学者たちは、長い間、この惑星の岩石質の外層(マントル)には、炭素や水などの他の揮発性元素に比べて、異様に少ない量の窒素しか含まれていないことに注目していました。非常に不思議なことに、地球のうちで岩石からできている部分全体(バルク珪酸塩地球)のC/N比と36Ar/N比は、地球の形成期にこれらの揮発性成分をもたらしたとされる隕石において見出されるものよりも、はるかに高い値を示します。何十年もの間、この「消えた窒素」の問題は研究者を困惑させてきました。この謎に一つの道標を与えたのが本研究です。
この謎を理解するためには、46億年という年月を巻き戻す必要があります。46億年前のできたてホヤホヤの地球は灼熱の溶融した火の球で、1,000kmを超える深さのマグマオーシャン(熔融した珪酸塩の海)が渦巻いていました。この時期、鉄のような重い金属が沈んで中心に核を形成し、軽い鉱物成分が上昇して固化し珪酸塩マントルを形成しました。この過程は核マントル分離と呼ばれており、これによりよく知られている地球の層状構造が形成されました。窒素、炭素、アルゴンなどの揮発性元素も、この壮大な物質進化のプロセスに巻き込まれたと考えられています。つまり、これらの元素が核に閉じ込められたり、マントルに溶け込んだり、宇宙空間に失われたりして、最終的に現在の地球の姿となったのです。
なかでも窒素は特に謎めいています。窒素は現在の大気の78%を占めている我々にとってかなり身近な元素ですが、地球の岩石マントル全体における濃度は、1~5ppm(1ppm = 0.0001%)という衝撃的な少なさになります。一方、炭素とアルゴンは、これらの元素を地球にもたらしたと思われる始原的な隕石(コンドライト)よりも、窒素に対してはるかに豊富に存在していることが分かっています。この原因について、例えば、地球形成後に窒素だけ宇宙空間に散逸してしまった、或いはそもそも地球には窒素はそれほど運ばれてこなかったなど、科学者たちはこれまで多くの仮説を提唱してきました。しかし、本研究では、「もし地球のコアが窒素の大部分を奪ってしまったとしたら?」という、異なる問いに着目しました。
このアイデアを検証するため、「スーパーコンピューター」を使って地球初期のマグマオーシャン内部の極限状態を再現しました。地表の圧力の135万倍(135万気圧)の圧力を加え、5000ケルビンの温度まで加熱した際(これは若くドロドロに溶けた地球の数1000キロメートルの深さに相当します)の窒素の挙動をシミュレートしました。そして第一原理分子動力学と呼ばれる量子力学の手法と、統計物理学に基づく熱力学積分法とよばれる方法を組み合わせて液体のエネルギーを計算し、窒素が鉄に富んだ核と結合するのを好むのか、珪酸塩成分(マグマオーシャン)に溶け込むのを好むのか、追跡しました。
結果は驚くべきものでした。マグマオーシャン深部の強烈な熱と圧力の下では、窒素は「金属好き」になるという結果が得られました(このような元素の性質を「親鉄性」とよびます)。具体的には、60万気圧の圧力では、窒素はマグマオーシャンにとどまるよりもコアに吸収される可能性の方が100倍以上高いことが分かりました。また圧力が高くなるにつれてこの傾向は非線型的に強まりました。この振る舞いはこれまで明確に示されたことはなく、以前の実験研究が相反する結果を示した理由の一つと考えられます。
しかし、なぜ窒素は高圧力の下で高い親鉄性を示すのでしょうか?シミュレーションの結果、ミクロなメカニズムが明らかになりました。マグマオーシャンの溶けた珪酸塩の中では、窒素原子は最初、アンモニウムイオン(NH4+)のように形態をとっており、自分自身や水素原子と結合していました。しかし、圧力が高まるにつれて、それらはバラバラになり、窒素は代わりにシリコン(珪素)原子と結合し、窒化物イオン(N3-)として熔融珪酸塩におけるネットワーク構造の中に溶け込むようになります。一方、金属核では、窒素は鉄原子間の隙間に入り込み、より中性原子のように振る舞います。この挙動により、より多くの窒素がマグマオーシャンから核に向けて移動することとなります。
本研究では窒素について調べるだけにとどまらず、これまでの研究と組み合わせて、炭素はやや親鉄的(金属を好む性質)であるものの、マグマオーシャン深部の条件下では窒素よりも親石的(岩石を好む性質)になることを発見しました。また不活性元素であるアルゴンは、金属をあまり好まないことも分かりました。この結果、核を好む度合いは窒素>炭素>アルゴンという順番になります。この性質から、最初に紹介した2つの謎を解き明かすことができるかもしれません。
これを定量化するために、本研究では46億年前の地球集積モデルの構築を行いました。地球が炭素質コンドライトから揮発性物質を得たと仮定すると、このような始原物質から地球の質量の5~10%が供給されるだけで、十分な窒素、炭素、アルゴンが地球に供給されることがわかりました。核の形成がマグマオーシャンの深部(例えば60万気圧の条件)で起こった場合、窒素の80%以上が核に沈み込み、マントルには観測結果と同じ1~7 ppmが残ることになります。炭素はマントルに残り、その結果C/N比が高くなります。一方、アルゴンは核とマントルの両方から拒絶され、大気中に偏って濃縮することになります。このことにより、バルク珪酸塩地球の高い36Ar/N比が説明されます。
この発見は、地球の揮発性の起源に関する我々の理解を塗り替えるものです。何年もの間、科学者たちは、地球でみられる奇妙な元素比率について、地球形成時に特殊な隕石が集積したことを意味している、或いは宇宙に窒素が放出されたことを意味しているなどと、様々に議論をしてきました。今回の研究からは、もっと単純なストーリーが提案されます。すなわち、地球の揮発性物質は炭素質コンドライトから来たが、その行方は超高圧力下における核形成の物理・化学プロセスによって封印されたというものです。核マントル分離による化学分化が生じた深さが最も重要で、浅いマグマオーシャンでは観測された比率は再現されず、深いマグマオーシャンでは地球の実際の痕跡が完全に再現されました。このことから、バルク珪酸塩地球とコンドライトの揮発性元素比が異なるのは、それらの供給源が異なるのではなく、集積時期が異なっていたことを反映しているのではないかという議論につながります。
この核形成プロセスによって、地球の大気と岩石層に生物必須元素が十分に存在するための前提条件の一つである、バルク珪酸塩地球における窒素の存在量が決定されました。地球に生命が誕生するまでには長い時間がかかったと考えられていますが、核とマントルが分離した数十億年前には、すでに生命にとって不可欠な環境が整っていたのかもしれません。
「地球の窒素は失われたわけではなかった」というのが、本研究の結論です。窒素は何十億年もの間、核に閉じ込められたまま見え隠れしていたのです。この発見は、地球の歴史が岩石や化石だけでなく、想像を絶する圧力の下で原子が有する嗜好性(好き嫌いの性質)の中にも記録されていることを物語っているのです。(数値系地球科学部門:土屋卓久)

本計算結果を用いたモデリングから得られた、核のサイズとバルク珪酸塩地球のC/N比及び36Ar/N比の関係。C/N比は低圧(5~20万気圧)で核-マントル分離が生じた場合減少し、高圧(60万気圧)で生じた場合増加する。また36Ar/N比は、低圧(5~20万気圧)で生じた場合わずかに増加し、高圧(60万気圧)で生じた場合で有意に増加する。

液体鉄と熔融珪酸塩のどちらに元素が溶けやすいかを表す比率を分配係数とよぶ。この図は、窒素は溶融珪酸塩と比較して液体鉄に対しより親和的であり、その親和性は圧力によって高まるが、温度によって減少することを示している。

バルク珪酸塩地球のC/N比及び36Ar/N比が、原始地球における核マントル分化深度と酸化還元条件によって大きく変化する様子を示す概念図。現在の地球の観測結果と一致するように、2つの比を同時に増加させることができるのは、マグマオーシャン深部で分化が生じた場合のみであることが分かる。
Nitrogen-carbon-argon features of the silicate Earth established by deep core-mantle differentiation, Shengxuan Huang and Taku Tsuchiya, Earth and Planetary Science Letters, 657, 119291, doi:10.1016/j.epsl.2025.119291
JSPS科研費 JP22KF0281, JP22F22020, JP21K03703, JP22H01327