PRIUS利用者の声
火星サイズの原始惑星における鉄合金メルトの浸透によるコア分離の可能性に関する研究(津野究成:アリゾナ州立大学研究員)
地球型惑星は、太陽系の歴史の初期に核とマントルに分化したことはよく知られており、このプロセスとして、珪酸塩の大規模な融解(マグマオーシャンの形成)による鉄合金メルトの効率的な分離が広く受け入れられている。一方で、シングルステージの核マントル分離を想定した場合、鉄合金メルトはマグマオーシャンより下層の、溶融しなかった珪酸塩マントル中を通過する必要があります。この場合、マグマオーシャンからの鉄合金メルトの分離よりも非効率的であり、(1)鉄合金メルトの珪酸塩マントル中への浸透による分離、(2)金属ダイアピルの形成による鉄合金メルトの沈降、(3)珪酸塩マントルの剪断変形による鉄合金メルトの相互接続ネットワークの形成などのプロセスが考えられます。今回、PRIUSのサポートによりORANGE3000を使用した高温高圧実験をおこなう機会を得ることができ、火星サイズの原始惑星における鉄硫黄合金メルトの珪酸塩マントル(リングウッダイト、メージャライトガーネット)中の浸透による核マントル分離の可能性を探りました。回収試料はGRC設置のラマン分光装置を用いて珪酸塩の相同定を、同じくGRC設置FE-SEMを用いて組織観察をおこない、リングウッダイト、メージャライトガーネット中の鉄硫黄合金メルトの二面角を測定しました。この分析をGRCで終わらせることはできなかったのですが、FE-SEMによる組織観察の結果、鉄硫黄合金メルトのリングウッダイト、メージャライトガーネット中の二面角は60度よりかなり大きいであろうという結果が得られました。これにより、鉄合金メルトは珪酸塩マントル中への浸透による分離ではなく、他のプロセスを考慮しなければいけないと考えられます。
この度は、PRIUSのサポートにより桑原秀治先生と共同研究をおこなう機会を得ることができ、また、今後の共同研究の可能性についても議論することができました。また、新名亨先生には、住友重工製の6000tonプレス(BOTCHAN)を見学、そして実験のコツも教えていただき、私の所属するアリゾナ州立大学(ASU)のFORCE(Facility for Open Research in a Compressed Environment)に最近設置されたICHIBAN(BOTCHANと同型)をどのように使用していくかの参考にさせていただくことができました。ASU所属の研究者のBOTCHAN視察に関し、GRCでの研究、実験を含めた訪問を提案していただいた入舩徹男先生、また、GRCの多くの方々からも実験や手続きに関するサポートをいただき、感謝の気持ちしかありません。今後ともよろしくお願いいたします。(2024.6)
ブリッジマナイトの最大含水量の決定(櫻井萌:岡山大学助教)
岡山大学理学部地球科学科で研究助教をしております、櫻井と申します。私は、地球マントル鉱物中の水素挙動の解明を目指し、高温高圧実験と第一原理計算を組み合わせた手法を用いて研究を行っています。地球深部の水の振る舞いといったテーマは一見我々の生活に関係ないように思えます。しかし、水は地球表層のみを循環するのではなく、火山活動やプレートの沈み込みに伴い地球内部を含めて循環しています。マントルが十分に水を保持することが可能であれば、地球表層の水は年々減少を続け、地球を覆う水は消失します。この水が消失するか否かは、惑星の歴史・未来を推察するうえで非常に重要なテーマです。そして、この結論を見積もるために必要なのが、マントルが保持可能な水の量(マントルの含水量)です。
そこで、PRIUSでは、地球マントル中にどれだけの水が保持可能か見積もるため、マントル中の最大体積を占める鉱物ブリッジマナイトの含水量を系統的に明らかにすることを目的とし、研究を行っています。高温高圧実験にはマルチアンビル超高圧発生装置(ORANGE-3000)、合成試料の結晶方位解析には走査電子顕微鏡FE-SEM-EBSD(JSM-IT500HR)、含水量測定には顕微赤外分光装置FT-IR(IRT-5200EUO)を利用させていただいており、実験から分析までGRCに設置されている装置群にお世話になっています。実験では、最大で~250 wt.ppmの含水量を持つAlを含んだ単結晶ブリッジマナイトの合成に成功しました。合成したブリッジマナイトはFE-SEM-EBSDにより、結晶方位決定を行い、FT-IRにより、結晶方位ごとの赤外スペクトルの取得に成功しました。しかしながら、まだブリッジマナイトの含水量を系統的に明らかにするには至っていません。今後もこの課題を明らかにするため、PRIUSを利用させていただきたいと考えています。
また、私の研究課題は2022年度から新たに設けられた「若手提案共同研究(設備利用型)」として採用されました。この若手枠に採用されると、旅費支援や装置利用回数が一般課題よりも優遇され、予算の不安を感じることなく、実験を進めることができました。実験・分析の際には、西原遊教授・大内智博准教授をはじめ、教員・事務の方には大変お世話になり、感謝しております。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。(2024.3)
Phase Aの高温高圧変形実験(澤燦道:東北大学助教)
私はPRIUSの共同利用実験装置であるORANGE-3000を用いて含水鉱物であるPhase Aの合成を行い、SPring-8設置のD-DIA型変形試験機でPhase Aの変形実験を行っています。Phase Aは沈み込むスラブの中深部に存在する含水鉱物で、Phase Aの脱水に伴って深発地震が起きうるのかを明らかにすることを目的として研究を行っています。
深発地震は非常に面白い地震で、岩石が高温高圧で塑性的に流動する、スラブの60 km以深で発生します。したがって、深発地震は脆性破壊や摩擦すべりで発生する震源の浅い地震とは異なるメカニズムで起きると考えられています。色々な深発地震発生メカニズムがこれまで提案されてきましたが、その一つに含水鉱物の脱水に伴って地震が発生するというメカニズムがあります。ただ、スラブ内の含水鉱物のほとんどは深さ150 kmあたりで脱水分解してしまうため、深発地震の中でも震源が浅めの地震のメカニズムとして有力であると考えられてきました。しかし、 Phase AやDなどの含水鉱物はより深いところでも安定的に存在しうるため、脱水に伴う地震がこれまで考えられてきた場所よりも深いところでも発生するのではないかと予想しています。
変形実験に用いるサンプルサイズは直径1 mm、高さ1 mm程度ですが、変形実験1回ごとにサンプルを合成するのは大変なので、大きなサンプルを合成しコアを抜きます。Phase Aの合成には圧力10 GPaが必要なので、大きなサンプルを合成するのは容易では有りません。ORANGE-3000は10 GPaで直径8 mm、高さ10 mm程度の大きなサンプルを安定的に合成することが可能で非常に助かっています。合成したPhase AはSpring-8に設置してあるD-DIA型変形試験機で変形させます。10 GPa以上での変形実験も容易ではありませんが、お世話になっている大内先生を始めとするGRC関係者の技術開発のおかげで、実験を安定的に行い、非常に良質なデータの取得が可能となっています。
最後になりますが、このような研究環境を提供していただいているPRIUS関係者の皆様、特に大内先生や学生の皆様にこの場を借りてお礼申し上げます。研究はまだまだ続いていくので引き続きよろしくお願いします。(2023.10)
利用者・管理者の立場から(肥後祐司:高輝度光科学研究センター主幹研究員)
私はGRCが所有する『X線その場観察弾性波速度測定装置』及び『変形機構付きガイドブロック』を、PRIUS制度を使って毎年利用しています。また一方で、SPring-8・BL04B1のビームライン担当者として、これらの装置の保守とユーザー利用支援も担っています。そこで、これまでの本稿の執筆者と異なり、半分利用者・半分管理者のような立場からこれらの装置の利用状況を述べたいと思います。
BL04B1には2台の1500トン級の大型プレス(SPEED-1500 & SPEED-Mk.Ⅱ)が導入されており、SPring-8の高フラックスX線を利用した、高温高圧環境下のその場測定実験が可能です。特に高圧高温下での弾性率測定や変形その場観察実験は、大学等の実験装置では実施できない実験で、SPring-8に導入された、これらのPRIUSの共同利用実験装置は放射光X線実験との相性がよく、現在ではBL04B1の高圧実験に無くてはならない装置となっています。
『X線その場観察弾性波速度測定装置』は任意波形発生装置、バイアスゲート付きポストアンプ、広帯域デュプレクサー、デジタルオシロスコープで構成されています。私も深く開発に関わった装置で、電磁波ノイズが大きいSPring-8においても、高精度で微弱な超音波エコーを測定できるように設計されています。現在では国内外の大学等に同様のシステムが導入され、高圧下における弾性波速度測定装置の標準的なシステムとなりつつあります。ただ、私個人的には改善すべき点がまだまだ沢山あり、折を見て高度化させていきたいと考えています。
『変形機構付きガイドブロック』はSPEED-Mk.Ⅱプレス及び単色X線を利用するユーザーの100%が利用する装置であり、変形実験には不可欠な装置です。D-DIA型高圧装置としては、おそらく世界最高の圧力発生が可能であり、特に下部マントル領域の高圧実験では数々の研究成果を上げています。とは言え、やや複雑な機構のため、導入当初は油漏れやセンサーの不具合が頻発しており、現在のように安定的に運用できるまでは、ノウハウの蓄積が欠かせませんでした。BL04B1ではこうしたノウハウを一歩一歩積み重ね、D-DIA型装置における高周波変形実験の実現、更に近年のD111型変形機構付きガイドブロックの導入など、PRIUSの共同利用実験装置の発展的活用にも取り組んでいます。これからもGRCが保有する素晴らしい機器を活用し、先端的な研究ができるよう共に歩んでいきたいと思っています(2023.6)
ナノ多結晶ダイヤモンドのレーザー衝撃圧縮(片桐健登:Postdoc,Stanford University)
米国スタンフォード大にてポスドクをしております、片桐と申します。昨年、ローレンス・リバモア国立研究所にて、レーザー核融合の“点火”に成功したというニュースが注目されました。この点火とは、核融合反応により生成されたエネルギー量がその反応を起こすために投入されたエネルギー量を上回ったという意味でして、大きなマイルストーンとなる成果であったようです。このレーザー核融合の燃料カプセルに使われる材料の筆頭候補には、化学気相成長(CVD)法によって作られたナノ多結晶ダイヤモンドが挙げられます。このダイヤモンドカプセルの中に入れた液体燃料を、カプセルごと高強度レーザーで圧縮することで核融合反応を発生させます。この技術の課題の一つは、球殻状に成形されたナノダイヤモンドカプセルおよびその中で球状に保持された液体燃料を等方的に圧縮することです。従って、ナノ多結晶ダイヤモンドの衝撃圧縮特性を詳細に解明することは、この等方的圧縮の達成、ひいては高効率な核融合反応の実現につながると期待されます。
我々は、PRIUSとの共同研究によりご提供いただいた、高温高圧(HPHT)法で生成されたナノ多結晶ダイヤモンドが、CVD法により生成されたナノ多結晶ダイヤモンドと比較して粒径が小さく、そして配向性がより低い点に注目しました。これら二種類のナノ多結晶ダイヤモンドをハイパワーレーザーで衝撃圧縮し、その高速な変形をX線自由電子レーザーによるX線回折計測により時間分解計測してみたところ、CVD製と比較してHPHT製はより等方的な圧縮が達成されることが明らかになりました。また、HPHT製ナノ多結晶ダイヤモンドに300 GPaを超える衝撃応力を加えた際には、ナノグレインが1 ns以下のタイムスケールで高速に回転する様子が観察されました。本研究が明らかにした、初期試料の粒径と配向性の違いが衝撃圧縮による歪みと応力の一様性に影響を与えるという結果は、衝撃圧縮下のナノ多結晶材料の降伏プロセスの理解、そしてレーザー核融合におけるモデリングに重要な知見を与えると期待されます(本研究で達成された圧縮状態は、レーザー核融合で達成されるよりも有意に低い温度と圧力であることを記しておきます)。入舩先生ならびに新名先生には本研究の遂行に際し大変お世話になりました、この場をお借りしてお礼申し上げます。(2023.6)
川村英彰:東北大学大学院理学研究科3年
地球表層と深部を繋ぐ炭素の大規模循環の理解は、地球の進化を解明する上でも重要です。この循環において表層から深部への炭素の輸送は、沈み込み帯に沿った炭素物質の輸送によって駆動されます。私は沈み込み帯沿いに深部へ輸送される炭酸塩鉱物のマグネサイトとCH4を主とする還元的なC-H-O流体が共存した際の相互作用の解明を目指してきまし。マグネサイトは無水系では下部マントル底部相当の温度圧力条件においても安定であることが知られていますが、還元的なC-H-O流体共存下では上部マントルでも分解し、実験条件に応じてグラファイトやダイヤモンドを生成することが私の実験により明らかになりました。これらは、還元的なC-H-O流体が共存した場合の炭酸塩は比較的浅部で分解し、より深部への炭素の輸送はダイヤモンドが担う可能性を示唆する重要な結果であると言えます。PRIUSでは、透過型電子顕微鏡(TEM)による高圧実験回収試料の微細組織観察と収束イオンビーム装置(FIB)を用いたTEM観察用の薄膜作成を中心にお世話になっております。還元的なC-H-O流体共存下におけるマグネサイトの分解プロセスは当初想像していたよりも複雑で、全容解明に時間を要していますが、TEMによる超高倍率での組織観察と電子線回折により、最近ようやく理解が深まってきたと実感しています。現在はこの微細組織観察に加えて炭素の安定同位体をトレーサーに用いた実験を行うことで、2つのアプローチによって分解プロセスの全容を解明し、ダイヤモンド形成の議論に繋げることを目指しています。
私は2020年の夏までGRCに在籍しており、このテーマに取り組み始めた当初から、GRCのマルチアンビル高圧発生装置と微小試料分析装置群を活用して研究を進めてきましたが、指導教員である大藤先生の異動に伴い、東北大へと籍を移しました。移籍した当初は研究環境の大きな変化に戸惑うことも多く、中々思うように研究が進まなかった時期もありました。その過程で、GRCの研究環境がいかに充実したものであったかを改めて強く実感するようになりました。PRIUSを通してGRCが誇る装置群を自由に利用させていただけることは、研究を円滑に進行させるための大きな原動力になっております。日頃運営に携わっていらっしゃるPRIUS運営スタッフの皆様にはこの場をお借りして感謝申し上げます。引き続きTEMやFIBといった微小試料分析装置群の利用でお世話になる予定ですので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。(2023.6)